江戸時代後期(安政から文久頃),『成宮新吾郎』が成宮本家に生まれる

明治5年、分家として、現在の自宅の地に新成宮家初代として居を構える

2代目『成宮太重郎』は、長浜市大戌井町から養子として成宮家に入る

3代目『成宮義一』は、太重郎の長男。長浜市高月町西柳野から『いとゑ』を妻として迎える

6人の子(男3人、女3人)に恵まれる。現在も6人全員が健在である

4代目『成宮賢司』は、義一・いとゑの長男。長浜市今町から『友子』を妻として迎える

3人の子(3人とも男)が育ち、現在、3名とも現役の会社員として働いている

賢司は、滋賀県長浜市の会社を退職後、徐々に耕作面積を増加し、ピーク時には5ヘクタール弱の農地を耕作してきた

1980年代近郊では住宅化が進み、水田に水も来にくくなり、引水するのにも一苦労の時代が数年続いた

また、農薬散布する際には、隣家からの苦情も発生するようになってきており、住宅地での稲作が遂に限界を迎えるようになった

よって1993年から土地活用として、賃貸住宅経営を開始。当初のダイワハウスのアパートは、今でも美しく健在である

米価低迷に歩調を合わすように、水稲面積も縮小してきたが、2010年代に入り、近隣に道の駅ができ、道の駅向けに少量多品種の野菜を出荷するようになってきた

またここ数年は、食育として、地元の小学校2年生を対象に、自前の畑を開放し、ブロッコリーの一日収穫体験を行っている

自宅には、小学生からのお礼の手紙綴りが何冊も置いてありますし、卒業生が、当家生産農産物の貴重な消費者になっていただいている

また市内の小中学校給食の食材納入業務を受注し、子供たちに自信をもって『安心・安全』な食材を提供している

直近では、時代の流れに合わせて、温室による水耕トマト栽培を中心としたスマートアグリへの転換を図っている